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                 [PEASPOON]

ピースプーン・朝子のたべもの連載

関根朝子

「ピースプーン」 第1回ポースプーンのイラストカット


  かれこれ10年ほど前に、ロンドンの骨董市を訪ねたときに、目利きの友人がとある店先の

商品の中から化粧箱を見つけました。その中には、カップに添えるには大きく、スープをい

ただくには頼りない大きさのスプーンが6客、子犬が乳を飲むように並んで入っていたので

した。店主の説明によると、豆を食べるための専用のお匙だそうで、確かに豆を匙の腹に

すくいやすいように片側がヘラ状になっているのでした。豆料理を専用のお匙で頂くという

優雅なことをしていたのですね。中流以上のかたがたはきっと。という想像を駆り立てられ

ながらも本来の豆を食べるという使用目的とは離れた「ピー」+「スプーン」=「ピースプーン」

という、空気が抜けたような語呂のこころよさがずっと心の片隅に残っていたので、今回、ヨッ

コラショと取り出してタイトルにしてみました。裏道を寄り道してみたら、あらん素敵な見せ発

見、てな具合のピースフルなたべもの雑記ができたらな、と思っています。

 皆さまは食事をする時に、好物を先に頂くほうですか?後に回すほうでしょうか?色々だと

思いますが、私は好物は先に頂きたいほうです。なぜなら[Hunger is the best

 Sauce]という永遠の真理をいつも持ち歩いているからなのです。もちろんこれは受け売

りでして、そんな食べ物心理をクスグルことばを駆使なされた喜劇界の巨人を少し紹介させてく

ださいませ。

 清獨食べ尽くした文章家としても大好きな、知らない人はゴメンナサイの「古川緑波」氏の

ことです。エノケン、ロッパと称される程の20世紀戦前の喜劇界を風靡なされた氏のことは、

今では書籍などでしか伺うことができないのですが毎毎日書き綴っていた膨大な日記には

必ず飲み食いのことがかかれており、氏の博識さることながら、グルメを越えたその執念た

るや驚愕!なのであります。例えば昭和19年(戦中!)1月某の日記によると「駐文制だっ

たので、前もって予約しておいた、帝国ホテルのグリルへ影武者二人で行き、目の前に運

ばれてきた料理2人前を2人前食う、影武者はただ眺めるのみにて」といったような内容な

のですが身体を張って、時にはヒトを踏みつけながらも、心中「ゴメン許せ」と食への道をば

く進するのかということを文脈から拝察する度に、このエネルギーが俳優や作家業などをこ

なす原動力になっていたのかウムウムと頷くしかありません。私はそのエッセンスだけ拝借

することで十分満足しているのですが食の風俗史として視点を置き換えると、学ぶところ大

いにアリなのです。例えば戦前戦後(このバアイ太平洋戦争を指す)の関東、関西のすき焼

き事情について。餃子流通経路においては、今でも健在老舗と称される店のありよう、など

が描かれておりますので、時間軸を飛び越え、旅行気分でその時代へと食事に出かける

気分を味あわせてくれるのです。また爽やかな「氷屋ぞめき」、味わい深い「色町洋食」など

など、エッセイのタイトルだけでも拝見すると、声帯模写という造語を作った氏のセンスも垣

間みれるように思えます。

 巷に氾濫する情報誌で新着情報に胸トキメかせるのも素敵なこと。文化人や知識人が愛し

たと言われる老舗食事処で思いを巡らせるのも素敵な過ごし方。しかし今こうして両者を身

近にたのしめるようになったということはこのようなヒトタチが根底で支えていてくれたから

でしょうね。世界でも類を見ない現在の食の繁栄には、ニッポンのセンチメンタルが潜んで

いるのですよね。世界中の食べ物がここニッポンで楽しむためにも、視覚、臭覚、を更にお

磨きする為にも、食いしん坊を自負なされる貴姉貴兄さまがたへご一読をお勧めいたします。

氏の日記を抜粋して編集された非食記は、ちくまより文庫化されておりますのでポケットに

忍ばせて小腹が空いたら召し上がってみてください。(もしかしたら絶版かも。。)

すでにご存知のご貴姉&ご貴兄へは、厚く語りまして失礼いたしました、と謝っておきます。

 はい。次回からはかろやかに参りたいと思います。 

 「ピースプーン」 第2回ピースプーン、イラストカット


卵アレルギーの方には申し訳ありません。最近「卵かけご飯」が静かなブームだそうです。

一体いつからブームになっているのか分からないのですが静かにヒタヒタとブームがやって

来ているそうです。今更、スポットライトを浴びせなくとも、私の家では数十年前からブーム

になっているスタンダートなニッポンの食べ物としての栄冠輝くシンプルで栄養価高い逸品

ですよね。食べ方もそれぞれの嗜好癖がでるようでして「熱々銀シャリに黄身だけかけて頂

く」ストイック派や「卵が固まるのが嫌なので、冷や飯に泡立つほどかき混ぜた卵を、ガッガ

と混ぜ合わせかっこむ」ワイルド派など、人の数と同様の卵かけご飯の数がある、と思った

方がよさそうです。そもそも卵が先か鳥が先かという討論を筆頭とする卵料理論争は、国が

滅んでも尚屈服しないゲリラ戦のように持ちこされているようです。いちいち私が挙げぬとも、

あー焼き方は、茹で方は、炒り方は、と、力つきても続いてゆくのでしょうね。と、同時に、

ハタと思ったのですが、この卵料理、料理といいながらもしかしたら限りなく「ソース」に近い

のではないかしら?と思い始めたのです。

日本橋の洋食屋「たいめいけん」には故・伊丹十三氏のアイデアで「タンポポオムライス」が

商品化されています。ご存知の方も多いかと思いますが、あのチキンピラフの上に乗った

オムレツに、上手い具合にナイフを入れ、観音開きにすれば、あら、ビックリ!半熟具合の

トロトロの「オム」部分が作りだされるではないですか。このトロトロ加減は、「ライス」への

「ソース」となって絡まれて食べられる至福の時を迎えるのです。または、焼肉屋で注文した

ユッケに添えてあるリンゴの輪切りと一緒になったウズラの卵の黄身。一緒に混ぜることに

よって、円やかに変化したこれまた絡めて食べられる麗しの時。シーザーサラダだって、焼

き鳥のつくねにだってみんなみんな「卵ってソースだったのね」と思わせるテクニックがキラ

ーンと光っています。

このように考えてみると、卵かけご飯の「かきまぜ卵」はスタンダートなニッポンのソースの

一例として認識あらためてもいい食べ物のように思えてくるのです。マヨラーが認知された

昨今、マイマヨを持参するように卵をソース替わりに持参する日も近い、かもしれないですね。

 

「ピースプーン」第3回はこちらから→